あの日は空も高く、綺麗に晴れていた。
「せんぱいせんぱい、留三郎せんぱい。委員長せんぱいは死んじゃったんですか」
作兵衛が、留三郎に尋ねた。作兵衛の瞳は真っ赤で、今も涙が溢れている。
二人は用具倉庫の暗い影に座っていた。今は死んだ人と、かつで一緒に過ごした場所。だがもうあの人はいなくなり、用具委員は二人しか残っていない。
「そうだな、先輩は死んだよ」
留三郎が答えた。声は段々としていて、少し困ってるようにも感じられた。
優しい仕草で作兵衛の頭を撫でる。
作兵衛は止まない涙を手の甲で拭いながら、留三郎を見上げた。
「なぜ死んじゃったんですか」
「危険な忍務の所為だよ」
「なぜ危険な忍務をしなきゃいけなかったんですか」
留三郎は答えなかった。頭を撫でる手が止まる。作兵衛がせんぱい、と留三郎を呼んだ。
かぁかぁと鴉のなき声がする。差し込む光が段々赤くなっていく。
窓の向こうは雲の一点も見えない。
暫く静かな時が流れて、留三郎が徐に口を開けた。
「先輩は六年生だったんだからね。もうすぐプロになる…はずだったから…だから」
答えながら留三郎はどこか、遠くを見つめた。瞳が揺れる。
初めて見る留三郎の姿に作兵衛は不安を感じた。このままこの人さえいなくなるのではないか、そんな気がした。
いつのまにかぼやっとしていた視界がはっきりしている。涙は止んでいた。
「じゃ留三郎せんぱいも、ろくねんせいになったら死んじゃうんですか」
我知らず出た言葉に、作兵衛は喉の奥で絶叫した。目の前がぼやく。また泣きそうだった。感情を抑えきれない。喪失感と不安が一気に襲って来る。耐えられず、頭を下げた。涙が零れて床に落ちる。それは影の中でも分かる程に黒い染みとなって広がった。
急に目の前が深禄に、やがて暗くなった。暖かい体温に包まれる。背中を撫でられて、作兵衛は大声を出して泣いた。
気が付いた時は既に空が真っ暗になっていた。
留三郎が立ち上がる。そして手を伸ばして、作兵衛の手を取った。
闇に慣れ始めた瞳に留三郎が映る。彼は微笑んでいた。
「死なないよ。行こう、作兵衛。皆が呼んでるんだろ」
留三郎の言葉に作兵衛は、はい、と答えた。
外からさくべえ、と同級生の二人の声が聞こえた。
作兵衛、と、呼ばれた気がした。
富松は顔を上げた。そこには誰もいない。やけに静かな倉庫に虫の音だけが聞こえる。
窓からは月明かりが差し込んでいた。
先日見た光景が瞼に浮かぶ。力無く横たわっていたあの人、ずっと好きだった、大切な人。もう駄目かも、ごめんね、ごめんね、保健委員長が震える声で何度も何度もそう繰り返していた。横たわった彼は全身が赤に塗れていて、彼の傷が酷かったのを覚えている。
あの人は今頃どうなっているのだろう。生と死を彷徨いながら、彼の魂は今どこにいる。
(留三郎先輩、先輩なんて嫌いです。嘘つきです)
目の前がぼやける。でも昔とは違って、漏れそうな声は喉の奥で止まり、そこで死んだ。
手の震えが止まない。富松は口を噤んだ。頭を下げる。
諦めたような小さな声で呟いた。
「死なないと言ったんじゃないっすか」
だから死なないで下さいよ、と言おうとして、最後の言葉は外へ出られず月明かりに溶けていった。
作兵衛、と食満の声がした気がする。富松はそこに誰もいないと知っていながらも顔を上げて、少し泣いた。