最近食満の様子がおかしい。潮江がその事に気付いたのは3日前だった。
話をかけても答えず、わざと喧嘩を売ってみても何時も上の空。それに、つんとしていた目つきは力無く垂れて、黒い瞳には虚しくも光が宿っていなかった。
だから潮江はらしくもなく食満を飲みに誘った。親しい友人ではないが、かなり長い時間を共にすごして喧嘩もできる、悪友と言えるやつの痛々しい姿を放っておけるわけにはいかなかったのである。
酒を飲んでいる間も食満は痛々しいほど無口だった。何時もの彼なら冗談や、軽く酔って戯れてくる事もあったのに。ずっとそっぽを向いたり、溜め息を吐いたりするだけであった。潮江の瞳に映る食満は余りにも弱々しくて、見ていられなかった。
そして、耐え難くなった潮江が食満に叱咤しようとした途端、食満が泣き出した。潤んだ瞳から酒で朱色に染まった頬に涙が伝い落ちる。食満は泣き声を殺してぼろぼろと涙を流し続けた。潮江は泣き続ける食満を訳もわからず黙って見つめるしかなかった。
結局夕べから飲み始めた二人が別れたのは零時近くであった。酒に強い、酒豪とも言える潮江には別に何の問題もなかったが、食満は既に膝が笑っている。
終電逃す前に帰れ、と潮江が食満を居酒屋から無理矢理連れ出したが、余程頭が酔い潰れたのであろう。食満は泣いたり笑ったりして忙しい。そうして帰れ帰れと背を押して、わかったわかったと食満が返して、じゃな、と二人は別れた。
食満と別れて、潮江は近くにいる自分の家へ戻った。
食満は無事に家に戻ったのだろうか、酔いつぶれ、喜怒哀楽がむちゃくちゃになっていた彼を思い出すと心配で堪らない。
(連れて来てりゃ良かったな、…まあなんとか帰ったんだろう。子供じゃあるまいし)
後悔しながらも考えを改める。玄関先で電話をかけてみようかと携帯を手にして、閉じた。だが今も携帯を手にしてじっと見つめている。
「俺は何をしているんだ」
コートを脱ぎながら潮江が苦笑いを零す。手に持っていた携帯をテーブルに置いた。おまけに今日もらった小さな箱も一緒にしておく。明日バレンタインだから、と義理でもらった物だ。
ふと鏡を見ると自分は何時になく苦々しい顔をしている。確かに華麗な笑顔ーは己に似合わないが、たかが他人事でこんな顔をするとは、それもおかしい。そう思って己を嘲笑うかの様に小さく息を吐いた。
潮江は食満に好感を持っていて、彼の事が気になっている。だが食満がどんな人なのかさえ潮江にはまだ分からない。喧嘩も良くするけど良い奴だし、友人だと思っている。が、潮江と食満は通る大学も違って顔を合わせるのはバイト先だけだ。そんなあからさまな他人に何故ここまで思い焦がれてしまうのか、我ながらも理解できなかった。
でももう過ぎた事。今更電話を入れたって食満におかしく思われるのであろう。ましてや迎えに行ったって食満が今まであそこにいる筈もない。そんな事を考えながら潮江は眠りについた。
頭を揺さぶる騒音で目が覚めた。ピンポンピンポンと五月蝿いほどのチャイム音と、それと一緒に戸を蹴られているのか鉄を打撃されているような音が聞こえる。
苛々した潮江がパン、と戸を開けた。そこには食満がだらしなく笑っている。が、どうやら様子がおかしかった。がっちりしていた服が大分乱れていたのである。
「留三郎お前家に、」
驚きすぎて深夜の突然の訪問に怒る所か、心配げに食満の方へ手を伸ばす。笑ってばかりいた食満が潮江の方へ脚を運んだが、同時に脚が崩れて潮江の胸へ倒れた。倒れる食満を潮江が掴まって支える。
食満がぼつぼつと呟く。
「ん、ねむい…なぁもんじろーちょっとねかせてくれ…」
呟きながら背に腕を回して絡み付いてくる。潮江が息を吸い込むと冷めた空気にアルコールの匂いが混ざっていた。別れてからまた飲んだのだろうか、先別れた時より酒の匂いが強まっている。
電車逃すなって行ってたんだろうが!と怒鳴ろうとして絡み付いた彼を見下ろす。コートは言葉通り羽織っただけで、ほぼ脱がされている。そして白いシャツのボタンがいくつか取られいた。シャツがボタンのない所から開かれて、左肩が露出している。そこから首筋に辿って虫に刺されたような赤い痣がちらちらと見えた。こんな真冬に虫に刺されるとは思われず、要因は一目瞭然である。俺の言葉は無視して女と遊んでたのかと思うと、胸の奥から表現し難い嫌な怒りが込み上げった。だけど潮江には食満に口を出す権利がない。
「わかった、分かったから立て!このままどうやって部屋まで行けってんだよ」
怒鳴っても食満はうーだのあーだの、意味をなさない呻き声を零すばかりだ。既に目が据わっている。
外に捨てる訳にも行けず、結局ずるずると食満を引き摺ってリビングのソファを目指した。寝室のベットで寝れるのは一人のみで、今の状況ではできるなら食満をソファで寝かせるのが一番だと思えたのである。
ソファに着いて、潮江が息を落ち着かせた。食満は潮江より遥かに軽い方だが、それでも大人の男性であるので、引き摺ったとは言え、彼を運ぶ事にかなり力を使ってしまったのだ。
潮江が自分の所為でぜぇぜぇと息をしていると言うのに、食満は相変わらず夢と現を行ったり来たりしている。潮江は細目で食満を流し見た。頬は先より赤く染まっていて、だらし無く剥き出しになった肩が夜の闇に部屋の光を浴びて白く浮かんでいる。同じく露わになった首筋が目の毒だった。
「おい、ここで寝てろよ」
ソファに寝かせようと抱き上げても返ってくるのは呻き声だけ。そして両脚をソファに乗せると食満が微かに瞼を上げた。酒で火照った肌と、微かに開いた瞼から潤んだ瞳が部屋の光に照らされ、潮江は何とも言えない気分になる。このままでは間違いを起こしてしまう気がして、寝室へ向かおうとした時だった。
「もんじろう」
食満に服を握られ、後を向く。瞬間、凄い力で引っ張られて潮江はバランスを崩した。気が付くと自分はソファの上に横たわっており、目の前に食満の顔が見えた。
近づく、と思ったら唇に生暖かい物が触れる。最初は触れるだけの口付けだったが幾度か回数を重ねる度に段々深まっていく。食満の頭を掴んで離そうとしても酔っぱらいの力はかなりの物で中々離れない。そしてようやく離れたと安心した瞬間、下半身に冷たい空気が当たった。気が付くと下着をほぼ脱がされている。
「ちょっと、何をするんだ!」
怒鳴って脱がしにかかった食満の手を力ずくで外す。そして食満を叱咤しようと口を開いたが、次の瞬間己の雄が暖かくぬるいものに囲まれて、言葉を失った。
食満の頭が潮江の脚の付け根に埋まっている。黒い髪に隠れて顔までは見えなかった。けど雄を舐められる度、赤い舌が己の物をちらちらと舐める姿が脳裏に浮かんでしまって、体に熱がこもる。雄が大きくなっていくのが嫌でも分かった。
かなり大きくなったと思われた頃。入りきれないのだろう、食満が潮江の陰茎から口を離す。いきなり訪ねた開放感に潮江の全身の力が抜けた。同時に、緊張の抜けた性器の先端から粘ついた白い精液が勢い良く飛び出て、食満の顔に粘り着いた。
「あ、その」
「のんでみたかったのにな」
潮江が詫びを入れようとしたが、顔に着いた粘液を手で軽く脱ぎながら食満が言う。
「はぁ?」
「これ。あぁ、もったいない、かも…」
精液の付いた指を口に含み、苦い、と眉を八の字にして顔を顰める。そしてぐいぐいと手をシャツに擦り付けて手に付いた液体を拭き取った。
「やっぱりまずい」
まだ完全に酔いが醒めておらず呂律が上手く回っていない。食満がぺろりと舌先で白の付いた唇を舐め上げた。赤い舌がちらりと見えて、唇に付いた粘液を吸い取る。それが潮江の本能を刺激した。
食満の両手首を掴む。予想外の事態に食満が見開いたが、酒で柔らかくなった頭では何も考えられないらしく、大きく開いた瞳で潮江を呆然と見つめるだけだ。彼が動く前に、と潮江が先制を取り、そのまま押し倒す。突然組み伏せられて食満が身じろいで今の状況から抜け出そうと試したが、柔らかくなった頭と酔い潰れた体では潮江に勝てなかった。
食満の羽織ったコートを脱がさず、その両袖を結んで腕を拘束する。そして開いたままのシャツに手を滑り込ませ、強い力で無理矢理左右に広げる。残っていたボタンが音を立てて床に飛び散った。
「こんなに痣を残しといて…」
悲惨なほど赤が散りまくっている肌を指でなぞる。先自分の雄を舐っていた時の勢いはどこへ行ったのやら、食満は口を噤んで水分を含んだ瞳でじっと潮江を見つめているばかりだった。密かに肌が戦慄いている。その動きが触れた指に伝えてきた。
「あれだけ誘って今更ヤらないとは言わないんだろ?」
卑怯に微笑んで、口付ける。食満は口を結んだまま開こうとしない。が、そんな事は関係ないと言わんばかりに潮江は唇を重ねながら手を下へ運び、食満が着ていたズボンを降ろした。そのまま下着に手を入れ、後へ滑り込ませると、そこからはねっとりした粘液が溢れている。少し指に力を込めて押すと、濡れている秘部は易々と指を迎え入れた。指を動かす度、精液が指に絡む。腹の中で暴れる指の圧倒感に食満が口を開けて呻いた。潮江はその隙を逃す事なく舌を入れ、絡ませ、咥内をたっぷり味わう。
何故ここまで彼が欲しいのか、潮江は己の事でありながらまったく理解できなかった。食満と付き合った訳でもないのに、彼と交わった己の知らない誰かに対するあからさまな嫉妬。そしてこの瞬間食満に向けられている、幼稚な程強い、我がままな独占欲。何一つ潮江らしい物がなかった。
唇が離れて、間に垂れた唾液が光を浴びててらてらと光った。
「女と寝たかと思ったんだが…男と寝転んだのかよ」
潮江が顔をしかめる。挿した指で中を乱暴に掻き回すと食満の体が跳ね、目元に涙が浮かんだ。悲鳴を上げる口を五月蝿いと片手で塞いで秘部に突き立てた指を抜いた。
「ケツ穴にせーえき垂らしやがって…こんだけ濡れてりゃ、突っ込んでもいいよな?」
少し酔いが醒めたのだろう、潮江の布告に食満が暴れる。が、潮江はお構い無しに片足を抱え上げ、未だ粘液で濡れている秘部に己を捩じ込ませた。
食満が背を仰け反り、息を呑む。食満の身から力が抜けるのを確認して、潮江は口を塞いでいた手を外し、中途半端に羽織っていたコートを脱がした。
両手で体を固定して気侭に腰を動かして奥を突き上げる。抜き差しを繰り返す度に中に溜まっていた液体が漏れ出て、繋がれた所を濡らした。
わずか数時間前にこいつは誰かに脚を開き、今と同じく、だが自分ではない他人を体内に迎え入れたのだろう。結後部を濡らす粘液に気付いて、潮江はふと考えた。そして本意ではないがその姿を想像してしまう。顔も知らない男に組み敷かれて快感に喘ぎながら体の奥を何度も貫かれるー脳裏に浮かぶ生々しく淫らな妄想に腹の底から吐き気が込み上げる。汚らわしい物を覗いたような自己嫌悪に陥った。
ちっ、潮江が舌を鳴らした。食満にはその音が聞こえなかったらしく、きつく目を閉じてままならぬ息を一所懸命に繋げている。訳分からず苛ついて、取り敢えず腹を拳で殴った。突然の痛みに食満が短い悲鳴を上げ、身が跳ねる。が、その動きで奥を擦られて快感で声が甘くなり、繋がっている潮江を痛い程締め付けた。
苛々が収まらない。体の奥底から熱が込み上げるような、解放する術を分からない怒りに支配されているみたいだ。だけど同時に、非常に悲しくもある。これもまた何故か分からない。
「いた、いっ…あひ、あ、もんじろっ」
「なーにが痛いだ。こんなに濡れてんのに痛い訳ねぇよ」
「あ、もー、なぐ、るなって、うっ」
「るっせぇ…てめぇが先に誘ったんだろうが」
脚を抱え直し、身を深く埋め込んだ。より奥で固い熱を感じて食満が悲鳴じみた高い声を上げる。背が仰け反った。
もんじろう、と、食満が囈言のように潮江を呼び続ける。呼ばれる名前は喘ぎに混ざって切れ切れで、消えてしまいそうだ。頬を伝う涙が絶えない。脱がされたコートを握っていた手が、潮江の服を握った。息さえ上手く飲み込めずひゅ、ひゅ、と荒くなっている。でも 細い息を繋げながら力の入らない手で必死で潮江にしがみついた。
己に組み敷かれ、弱々しく泣きじゃくる姿は幼気で、気が付くと潮江は彼に口付けていた。まだ先の怒りが全部和らいだ訳ではないが、潮江は今はそれで良いと思った。どうせ食満に取って自分はただの友人だ。食満の性生活に口を出す権利など持ってない。何よりこうやって体を重ねている事自体がおかしいのだ。
優しく歯列をなぞり、舌を吸う。酸欠で呼吸が難しくなって食満がじたばた暴れたが、わざと体を揺さぶり最奥を犯すとびくりと身を震わせて大人しくなった。
「なぁ言ってみろ。何処で何をしていたんだ?腹ん中に汚いもの一杯入れて…」
言いながらも潮江の胸の奥がしくしくと痛む。怒りか悲しみか、色んな感情が混ざりすぎて分からなくなっている。
食満が口を噤み、視線をそらす。服を握った手はそのままだったが、目立つ程震えていた。
「言いたくないなら、…別にいい」
問い詰めても食満は答えないと潮江は分かっていた。ただ尋ねずにはいられなかっただけ。質問自体をなかった物にしたくて、潮江は言葉を掻き消すように身を進ませた。
最奥を貫いて、掻き混ぜる度、体は快楽に溺れて更なる快楽を求める。だが理性の底ではこれでいいのか、と数知れない程自分に問い詰める。相手は同性の友人、誘われたとは言え、所詮酔っぱらいの仕業だったのだ。だが潮江はその酔っぱらいの仕業を理由にして食満を組み伏せ、拒絶を示される前に素早く己を突き立てた。普通の人ならそうしない。ならば何故自分は彼を抱いた、いや、犯したのだろうか。拒絶を恐れてまで。
(俺は前からこうなる事を望んでいたのか)
もう潮江は己の食満に対する思いさえ分からなくなった。好きなのだろうか。彼の事が。例えその答えが好きだとしても食満も同じ考えでいるかどうかもまた知らないのだ。ましてや食満はこの行為を望んでなかったとすると、早く止めなければならない。でも止められる筈がない。体はこの淫らな交わりに溺れすぎて、理性の事なんて既に忘れているのだから。
限界が訪ねて、潮江は自分の欲望を食満の体内の最奥に吐き出した。息を落ち着かせる。一滴も残さず全部体内に過ぎ込んだ事を確認して、己の雄を抜き出す。潮江に縋り付いた食満がその感触に身を震わせた。食満の声は嗄れて、息も絶え絶えである。かなり疲れている筈なのに潮江の首に回した腕は解かさず、しがみついたまま、行為が終わった今でも潮江の名前を呼び続ける。食満の口から呟かれる潮江の名前はまるで呪文のようだった。
いつの間に眠りに落ちていたのだろうか。潮江が重い瞼を開けると、カーテンから朝の眩しい日差しが透き通っていた。頭が上手く回らない。何故ソファで寝てたのか、ていうか妙に狭いと思ったら、腕の中で暖かい何かが身じろいだ。
腕の中を覗き込む。そこには食満がいて、潮江に抱きついていた。ふと昨夜の記憶が蘇る。朦朧としていた頭に血が上って一気に眠気が覚めた。顔が熱い。思わず立ち上がる所だったが、ひょっとすると食満が起きてしまうと気付いて抱き締めたまま動かなかった。が、その努力は無駄だった。
「文次郎?」
腕の中から潮江を呼ぶ。己を呼ぶ嗄れた声に潮江の胸が苦しくなった。
「起きたのか」
潮江が答えても食満は顔を上げない。じっと黙って、潮江の背に回した腕に力を込めるだけだった。抱き締めた腕に震えが伝わる。微かな泣き声が聞こえた。
「すまない、本当に、お前まで」
絶え絶えに繋がる声は今でも消え入りそうであった。食満が何を言いたがっているのか潮江には分からない。ただ潮江は何も言わず食満の頭を撫でた。その仕草に安心したのだろうか、食満が声を出して泣き始める。シャツに涙が染み始めた。時間が経っても食満は中々泣き止まない。
潮江はどうしたら食満の涙を止まらせる方法を必死に考えた。だが潮江は感情を示す事が凄く不器用で、良い術が見つからない。
良い物はないのか、と食満を抱き締めたまま首だけを動かして周りを見渡す。テーブルの上に携帯と、小さな箱が見えた。
(あれは確か)
手を伸ばして箱を取る。小さく可愛い箱を開けると、チョコレートが幾つか入っていた。
そういえば今日はバレンタインだった。今の状況ではどうしても甘いバレンタイン、とは言い難いが。
「留三郎、顔を上げろ」
甘い物を食べるといいかも知れない。根拠はなかった。でも泣き止まない今よりはいい結果になると思いたい。
食満は相変わらず顔を上げなかった。上げろ、と言っても首を横に振るだけである。
(仕方ないな)
腹を括って、潮江はチョコレートを一つ口にした。そして口腔にチョコレートを入れたまま、無理矢理食満の顔を上げさせる。
食満が見開いて手を挙げたが、潮江の方が早かった。
唇に柔らかい物が当たる。少し開いた狭間に舌を入れて広げる。それから口に残っていたチョコレートを差し込んだ。突然の事に暴れる食満を組み伏せて、口を塞ぐ。
「甘いだろ?」
食満がチョコレートを食べた事を確認すると潮江はあっさり彼を解放した。食満が顔を赤らめる。彼の反応に潮江がにやりと微笑んで、食満は慌てて口を手の甲で隠した。
潮江が食満に近寄る。びくりと驚く体を抱き寄せ、強く抱き締めた。そしてまた優しく髪を撫でる。すると、食満が再び泣き始めた。
「おい、折角泣き止ませたのに」
「文次郎」
突然、食満が潮江に抱きついた。潮江の胸に頭を埋めて背に腕を回し、強く抱き締める。
「もんじろ、文次郎、好きだ。すきなんだ、お前の事が」
行為の途中みたいに、何度も囈言のように潮江を呼びながら好きだ、という。まるで呪文のように。
潮江が食満を抱き直す。初めて抱き締めた時も感じたが、食満の体温は結構低い。冷めないように、と更に力を入れ込む。
少し時間が経つと、泣き声が止んだ。潮江が食満の顔を覗こうとした。瞬間、食満が顔を上げる、と思ったら、口付けられた。最初は触れるだけで、回数を重ね、やがてお互いの舌を絡ませ合う。
長かった口付けが終わって、息を吸い込んだ。部屋にはまだアルコールの匂いが酷く残っている。そして、その酸っぱい匂いに、微かながら甘いチョコレートの香りが混ぜていた。