潮江が戸を開けた時、部屋は間違いなく修羅場に相応しかった。
部屋の中は何とも言えない悪臭で満ちており、彼方此方に服が散らかされていて、まるで大掃除の最中の様である。
善法寺伊作から留さんが探していたよ、と言われて潮江は食満を探していた。善法寺がくすくすと不気味に笑っていたので、良からぬ予感が頭を過ぎ通ったのだ。そして、彼方此方探し回る間に、何故かこの部屋が怪しく感じられて、戸を開けたのである。部屋の中の状況は夢にも分からずに。
潮江は鼻の粘膜を刺激する魚臭い体液の匂いに無意識に眉を顰めた。だが、次の瞬間、目を大きく見開いて驚くしかなかった。
部屋の真ん中にはお互いに絡み付いた人間が二人いる。多分散らかされた服は彼らの物であろう、服はまともに着せられておらず、そこから露出した肌が薄暗い部屋でも解る程に朱色に染まっていて、明らかに密会の最中だとばらしていた。
潮江には他人の性的趣向に口を出す趣味はない。普段だったなら忍者たる物が色事に溺れているなんて鍛錬が足りないとか、そう言う程の説教で終わっていたのであろう。だが、今度は驚かずにはいられなかった。
下に組み敷かれているのが自分もよく抱いている人、食満留三郎であるのは兎も角、彼に覆い被っている人こそが潮江文次郎であったからだ。
これは夢であろうか、もしそうだとしたら。
(夢は欲望の表出、か)
己は食満とこんなことがしたかったのか、そう思って、凄く今更な事だと気が付いた。食満とは一昨日の夜も激しい性交に溺れた所為で鍛錬ができなかった覚えがあるのだ。
それに今までこんな、食満と散々やってる夢は何度か見た事がある。だがその夢はあくまで「自分の手で相手を抱く」夢であって、このような、性行為の最中を、しかも自分と恋人の情事を覗くという奇妙な夢ではなかった。
「…俺も頭がいかれちまったな」
無意識にぼそっと口に出した時だった。
食満に覆い被さっていた、「潮江」が顔を上げて、え、と声を上げる。顔も間違いなく潮江本人であった。増々潮江の中で現実味が薄くなって行く。そして彼の下で、食満がとろけた視線を潮江に向けて、口を開いた。
「あ、文次郎が二人だ」
どうやら夢ではなかったらしい。
もう一人の「潮江」が潮江を見上げる。確かに同じ顔ではあるが、その明らかに困っている表情は潮江が見せる物とは違う顔であった。
「鉢屋、か」
潮江の顔が増々険悪な物に変わって行く。それも同然だろう。己の顔をした後輩が情人の密会の相手であったのだから。下克上とも見られる状況で、しかもこの可愛くない後輩は己の顔をして大切な人を(おそらく)騙したのだ。
「覚悟はできているんだろうな…?五年ろ組鉢屋三郎!」
「あちょっ、ちょっと待って下さいよ潮江先輩!私も被害者…ってやっぱ聞いてくれないんですか!?」
部屋の真中に、同じ人物が二人もいるのは相当おかしい光景だった。
結局、殴られそうな所を鉢屋が食満を盾にして暴力事態は何とか退けられた。鉢屋曰く、潮江のふりをして食満を驚かそうと思っただけだが、食満に近づいたら押し倒されて、そのまま、まぁいいかみたいに流され流されて勢いでやっちゃった、らしかった。
「まさかそれを言い訳だと言っているのではあるまいな…?」
眉間の皺を更に深くしながら潮江が言う。潮江の腕には食満がいて、食満は今の状態に不満があるらしく
「そんな事なんてどうでもいい。文次郎、お前やる気ねぇのなら出てけ。鉢屋、騙した事許してあげる代わりに私の相手を」
「留三郎…!頼むから黙ってろ!」
大人しく潮江の腕の中に、いると思った食満の口から普段の彼ならありえない言葉が段々と吐き出されていく。だが恐ろしい言葉が全部いわれる前に潮江が食満を叱った。
「食満先輩、今日おかしいですよね〜あ、でも相手したら許してもらえるんですか?じゃ遠慮なく」
「鉢屋三郎!」
今度は鉢屋が食満に乗じて軽々と二人に近づいたが、潮江に怒鳴れてちっ、と舌を鳴らしては離れる。
「ぐっ」
途端に潮江が声に鳴らぬ悲鳴を飲み込んだ。食満に腹を一発殴られたのである。心臓の奥底から込み上げるような苛立ちを抑えきれず食満の頭を床に叩き付ける。呻き声が聞こえたが、お構い無しに組み伏せて、片脚を抱え上げた。
片腕で脚を抱え上げながら残りの手で己の下帯を解く。取り出した自分の性器は既にかなりの固さを持っていた。
「くれてやるから少し黙ってろ」
低い声で囁いて後孔の入り口に己を宛てがう。食満がえ、と驚いて潮江を見つめた。だが、一気に根本まで打ち込むとその瞳はすぐ大きく開いて、耐えるように細くなる。両腕が抱き締めるように潮江の背に回される。そしてぎゅうっと服を握りしめ、脚を腰に絡み付かせて更にしがみついた。
(あの野郎…最後までやりやがって)
もう何も考えたくない。食満の中は熱く、いつもの同じ、だと言い切れたら良かったが、己の物ではないぬるい粘液に囲まれる感じがどうしても不気味である。
「鉢屋、貴様そろそろ出てけ、それと、その変装を解け!」
「ですから、そもそも私は被害者なんですけど」
鉢屋を睨みつけるが、鉢屋は視線をそらしただけでそこから動く気配はない。
「ノリノリだったくせに鉢屋貴様、中出しまでしやがったんじゃねぇか!」
「えー…やっぱり入れたら分かるんですね〜…だって、締め付けられたら抜けないんじゃないですか。」
潮江先輩だってそうでしょー?、と、自分の顔で、しかも笑顔全開で言われて怒りが限界値まで込み上げる。脳内の血管が切れそうだ。
殴ろうか、と潮江が無意識に拳を握る。が、途端にいきなり大人しくいた食満が潮江の髪を掴んで、力ずくで引き摺った。余りの痛みに潮江がいたたたとみともない声を上げる。
「とめさぶっ、いってええ!」
「もんじろーそろそろ動けば?つまんねぇ」
「つまんねって、てめぇ一体何故俺がこんなに、つかそろそろ離せ!」
「先輩達…それ、もしかして夜の情事ならぬ夜の漫才ですか」
鉢屋がぷっ、と嘲笑うかのように声を立てて笑い出した。それに反応した潮江が顔を上げて口を開けたが、潮江の怒りが声になる事はなかった。何故なら突然体を押されて後に倒れてしまったからである。
何事かといきなりの衝撃で閉じていた目を開ける。目の前には今まで大人しく(とは言えないかも知れないが)潮江の下にいた食満が、潮江を見下ろしていた。不機嫌そうな顔で潮江をぎろりと見つめては独り言のように言う。
「もういい、私が動く。鉢屋お前もこっちに来ていいぞ」
げっ、と潮江が体を起こした。が、食満に全力で押されてだるまみたいに再び床に倒れる。それでもじたばたと動く潮江を食満が両腕と胴体を使って押さえた。普段の力は潮江が遥かに上の方だが、全身でかかってくる食満を腕を使えない状態で押し退けるのは無理がある。
「え?いいですか」
「穴は一つしか持ってないけど」
「別に口でいいです」
のりのりと鉢屋が近づいてくる。文句を言われる前に、と食満は潮江の口を己の唇で塞いだ。
横に鉢屋が膝立ちになると、食満は口を離して鉢屋の股の間に顔を埋めた。
潮江がやっと自由になった上半身を起こす。鉢屋の股間を覗くと、髪に隠れてよく見えないが、微かに見える赤黒い物の口腔に入ったり出たりしている。その様子が、堪らなく淫らだった。
ごくりと喉が鳴る。音が聞こえがのか鉢屋がにやりと微笑んだ。勝った気になったような微笑みに潮江の顔が歪む。
ぴちゃりと水音が立っている。食満は吸茎に夢中で、潮江の動きにはまだ興味がないらしい。自分から動くと言っていたので、多分その気になれば動くのであろう。兎に角今は目の前の鉢屋の物にしか興味を持っていなかった。
よく考えてみれば、全ての苦労の原因は食満である。勿論(多分善法寺に関わっているのであろう)おかしい様子ではあるがそれでもそれが食満にあるの事実に変わりはない。そう思うと、怒りの向く先が少し変わった。
「留三郎」
横から低くも甘い声で囁く。食満がぴくりと反応を示した。振り返る暇を与えず、後髪を掴んで、無理矢理引き寄せる。
「潮江先輩何するんですか!」
「お仕置きだ」
ぞっとするような冷たい声だった。
引き寄せる手に力を加えると、食満が潮江の胸に倒れ込んで来る。両手で両脚を掴み、左右に開かせる。未だ袴が中途半端に引っ掛かっていて余り広がる事はなかった。が、それでも白い粘液が溢れる結合部を鉢屋に見せつけるには十分だった。
鉢屋はそこに見取られる。すると、鉢屋、と潮江が鉢屋を呼んだ。
「お前も入れてみろ」
「はい?」
「お前のと俺の、両方だ。分かるだろう」
耳のすぐそこで囁かれて、耳から侵されるような感覚に食満が目を瞑る。会話の内容はありえない物であったが、それは今の食満の頭には入らないらしい。
「え、できませんよ。」
「さもないと、明日の朝には鉢屋三郎の屍が見つかるかも知れんな」
うっと呻き声を上げて、鉢屋が己の雄を既に他人の物で塞がれているそこに押し当てる。
「まぁ私にはいいですけど」
休む暇なく耳を満たす、泡立つ音に心臓が喚く。幾度中に出されたかはもう覚えていない。動く度粘液が潤滑剤の役をして、最初より随分と動きが滑らかな物になっていた。始めは悲鳴じみていた痛々しい声も、段々よがり声に変わって、今になっては食満はひゅうひゅうと力無く絶え絶えに息を吐くだけで精一杯だ。
最初はそれこそ身を二つに裂かれるような痛かったと思う。内蔵を抉り出される感覚も気持ち悪くて仕方がなかった。けれど人体とは慣れると言う行為に手慣れている物で、食満の体も例外ではなかった。無理矢理ではあったが、ありえない行為をされている途中に固い肉の塊共にもすっかり馴染んで、痛みも快楽に変わっていったのであったから。今では確かに後孔が少し軋んではいるが(恐らく裂けたのだろう)、最奥を満たされ、打ち突かれる喜びの方が大きい。
「文次郎、もんじろ、」
無意識に首に腕を回して、口付けを強請る。食満はすりすりと頬を擦り付け、潮江を抱き締めた。潮江が困ったように、これではお仕置きにならないと食満の頭を撫でた。
鉢屋が笑い声を上げる。
「はは、羨ましいですね。愛されていて」
「これが終わったら次はお前の番だぞ?」
約束が違うんじゃないですか、と潮江の言葉に鉢屋が乾いた微笑みを零した。
気が付くと朝日が昇っていた。潮江が目を覚ますと、食満は相変わらず隣で死んだようにびくりもしないで横たわっている。
おい、と体を揺さぶると、口がぱくぱくと動いて、少し目を開けた。最初は焦点が合わず、ぼうっとしていたが時間が経って両瞳がしっかいと潮江を捉えた。食満は文次郎、と嗄れた声で潮江を呼んで、身を起こそうとした。だがその瞬間、激痛が全身を走って再び床に横たわる。
「いってー!」
「そうか」
「…非常に腰がいたい。つか全身が痛い」
特にけつが…と食満は横たわったまま頭をぼりぼりと掻きながら呟いた。名前だけでは普通に嗄れた感じだったが、こう聞いてみると声が出る事実自体がおかしく感じられる程に声は酷く嗄れている。
「そうか」
「おっかしいな…今までこんなに痛かった事は、つか俺たちいつやったんだ?…それに、文次郎何でそんなに不機嫌なんだ。それにあれ、五年の鉢屋?何で血まみれに…」
床に血まみれのまま伏せている鉢屋を発見して、心の底から驚く食満に、潮江は呆けるしかなかった。
深く溜め息を吐いて食満に言い掛ける。
「よーく考えてみろ。己が何をやらかしたのか」
「はあ?」
「正直にさ、お前、まさかのまさかだとは思うが俺の体だけが目的、とかじゃねぇんだろうな」
「なんて事言ってんだよ」
食満が目を丸くして眉を八の字にする。
(そりゃあ…俺も信じている、さ、…多分)
信じている、信じたい。でも昨日のあれが目に染み付いて消えない。入れないなら出てけとか、聞こえなかった事にしたかった。
食満が本気でなかったとしたら、何であんな風になっていたんだろう、そう考えて、一つの結論が頭を過ぎる。そもそも潮江はあの男の言葉で食満を探していたのだ。
「留三郎、お前昨日伊作と何をした」
「うん?昨日か、最近ちょっと咳があったから風邪薬をもらった事しかないな。」
「やっぱり伊作か」
留三郎、動けたら言え、伊作を殺しに行くぞ。
潮江がそう言うと、食満は、お前その顔まじで気味悪ぃ、と言って、眉をしかめたのであった。
「鉢屋はどうする」
「あれは捨てとけ、自業自得だ」
潮江の言葉に食満がお前悪い先輩だな、と皮肉を言ったが、それが潮江の気持ちを更に悪くすると気付いて、ごめん、と詫びる。
外で鶏の鳴き声がした。